「自分が損するのは許せても、他人が得をするのは許せない」を社会実験したソシャゲ

考えた

人間というものは、「自分が損するのは許せても、他人が得をするのは許せない」生き物であると言われます。

経験則的に常々そう感じている御仁も多いのではないでしょうか。「ルサンチマン」(弱者の強者に対する妬み嫉み)や「シャーデンフロイデ」(他人の不幸を喜ぶ感情)なんて言葉がわざわざあるくらいなので、人類にとっては、あるあるの感情なのかもしれません。

この他者に対する妬み嫉みを、猿を用いて実証実験した人がいました。岡田斗司夫氏@オタキングの解説動画を見ていただけると一目瞭然なのですが、ざっくりその実証実験を説明します。

1:サルに、硬貨っぽいもの(トークン)を与え、サルがトークンを持ってきたら、食べ物と交換してあげる仕組みを構築
2:その仕組みが浸透してきた段階で、サルに2匹のペアを組ませる
3:両方のサルに同じものを交換してあげる。1トークンで1キュウリ、みたいな。
4:その内、1匹にはトークンとブドウ(サルの大好物)を交換し、もう1匹には今まで通りキュウリを交換する
5:キュウリを交換されたサルは、「なぜ俺はブドウじゃないのか」と不思議そうな感じになる
6:そのような不平等な交換を続けた結果、キュウリを交換され続けてきたサルは「キュウリなんて要らねえよ、俺にもブドウを寄越せ」とばかりに怒り出し、キュウリを投げつけてきた

という訳で、サルも公平でないことに対する怒りを感じることが分かったようなのです。ただし、人間とサルとの間で決定的に違うことがあって、サルは得した者への妬み嫉みは抱かない、らしいのです。自分が損をした、ということに怒りを感じても、他者が得をした、ということには寛容というかあまり興味が無い、ということです。

翻って我々人間は、サル社会とは比較にならないほど巨大で複雑な社会の中に生きています。その社会性によって、業というべき「ルサンチマン」や「シャーデンフロイデ」をこじらせるというわけですね。

んでそのサルとは違う、不平等感に起因する他者への妬み嫉みが、如実に発露した事件がソーシャルゲームで起きたらしいのでご紹介します。

グランブルーファンタジー(グラブル)というソシャゲで、1等から4等までが当たるくじイベントがありました。グラブルは未プレイなので、ゲーム内アイテムの価値はよく分かりませんが、1~3等は9万円弱~数十万円程度の価値があるアイテム、4等はしょぼいアイテム、だったらしいです。

詳しくは、ナカイドのゲーム情報チャンネルさんで事件の顛末が解説されていますのでぜひご覧ください。

んでここが一番の問題だったと思うのですが、1~3等の高額アイテムをゲットできたのは約半分、残り半分がしょぼいアイテムのみ。50%の確率で10万円が当たるくじを想像してみてください。外れたときの喪失感たるや相当なものでしょう。

その結果、グラブルで何が起きたかというと、当たり組と外れ組の分断。持つものと持たざるものの埋められない溝ができてしまいました。サルの場合、不平等の怒りは理(ことわり)側にのみ向けられますが、人間の場合はその怒りは理(=運営)に加え持つものに向けられます。

人間は「自分が損するのは許せても、他人が得をするのは許せない」生き物であることをあらためて思い知らされる事件でした。

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