人生のタイミングでは、必ず河井継之助の言葉を思い出す

自宅にはあまりに読み過ぎてしまった為に、表紙がボロボロになってしまった本が3つ(正確には17冊)ある。

ひとつは、「銀河英雄伝説」(田中芳樹著:徳間書店:全10巻、外伝4巻)
次に、「競馬必勝本の新理論 バージョン8」(KKベストセラーズ)

そして、「峠」(司馬遼太郎著:新潮文庫他:上下巻)である。この3つの本は、僕の人格形成に大きく影響を与えているが、今回は、「峠」について語ってみる。

「峠」は、幕末を生きた長岡藩士「河井継之助(かわいつぎのすけorつぐのすけ)」の半生を綴った歴史小説である。
彼は、幕末の乱世において、長岡藩家老上席として、長岡藩を幕府にも薩長にも迎合することない武装中立の一都市に仕立て上げようとした人である。だが、血と戦を欲する時代の前に、彼は42才の若さで、その志半ばで戦場に散っていった。

彼の人為を徳富蘇峰の言葉を借りて表現してみると、
「継之助は、西郷隆盛と大久保利通と木戸孝允(←彼らを維新の三傑という)を足したより大きいとは言えないが、彼らを足して3で割ったよりも大きかった」

小国の一家老に、ここまでの評価を下されるというのは、かなり特殊なのではないだろうか。凄え。

実際の業績は、「峠」を参照していただくとして、僕が最も惹かれるのは、彼の行動力・判断力・決断力などなど、全て私には無縁な「力」を持っていて、それを駆使し得た、という事実。ほんと憧れる。

僕は相当に優柔不断な人間で、とにかく意志が弱い。ダメダメなんである。問題が起きれば、逃げ出したいし、巻き込まれたくない。でも、いい格好はしたい。そんな人間である。

それでも断固たる決意で、事態にあたらなくてはならない時が、年に数回やってくる。来年早々に退社し、新たなる人生を踏み出さん、としている今現在も迷いの中にいる。逃げ出したい。全部放り出したい、という誘惑が頭をもたげてくる。そんな時私は、迷いを吹き飛ばし、渇を入れてくれる、「峠」の一小節を思い出す。

これは、滅び行く徳川家のために一肌脱ぎたいという主君に対して、継之助が思索を巡らすというシチュエーションでのセリフである。もちろん継之助は無用なトラブルは避け、国力を温存したいと考えている。(新潮文庫版「峠」上巻:537P)

そんな甘さで、今後、時代の大暴風(おおしけ)のなかで藩の舵が取ってゆけるものか。
たとえば、こういうことだ。藩のためにもなり、天下のためにもよく、天朝も喜び、幕府も笑い、領民も泣かさず、親にも孝に、女にももてる、というような馬鹿なゆきかたがあるはずもない。
何事かをするということは、結局はなにかに害を与えるということだ。何者かに害を与える勇気のないものに善事ができるはずがない。(一部抜粋)

迷いの中にいる時、このセリフはガツンと効く。
(確かにこのセリフは、司馬遼太郎の創作であることは分かってるんですが、彼の生き様を見事に捉えたセリフと言えましょう)

ただこの考え方を拡大解釈しちゃうと、「自分が信念を持って行動すれば、多少の犠牲なんて気にしないぜ」となり、自己中が加速する恐れがあります。要注意。

ともかく「峠」は、私にとっては「竜馬がゆく」よりも体温が上がるアツイ作品です。ご一読あれ。

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