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・『やりすぎコージー』がゴールデンタイム進出!”月9″とガチンコ対決- (ORICON STYLE)
あーあ。
「やりすぎコージー」が10月からゴールデンタイムに移動するようですよ。またひとつ惜しい番組が無くなりそうです。
テレビ東京としては、かつてないほどの深夜の人気番組となり、このまま深夜番組として続けるという選択肢もあったが、社運を賭けてゴールデン進出を英断。ゴールデンに移動はするが、レギュラー陣の後ろに控える”やりすぎガール”や、企画の斬新さはそのままに、さらに新企画を生み出していくという。
「英断」だって。
くりぃむナントカの涙の最終回を見てもそんなことが言えんでしょうかね。深夜からゴールデンに移って、そのまま人気番組であり続けたのなんて、トリビアの泉、めちゃイケ・はねるのトびらくらいしか思いつかない。
めちゃイケ・はねトびはゴールデンに行って人気番組となりましたが、深夜時代のコント番組の面影は無く、すっかりバラエティ番組になってしまいました。だからこそ人気が維持されたとも言えるのですが、今までの視聴者を失うくらい番組内容をゴールデンタイムに最適化させることができなければ、成功しないと言うことです。
テレビ東京のバラエティといえば、B級タレントがゲストで出て、みんなでVTRを見る体裁が多いと思うのですが、やりすぎコージーもそのようになるんでしょうかね。やりすぎコージースペシャルのように。
C級D級芸人こそやりすぎの華なのに、それが見れなくなって、渡辺徹だの叶姉妹だのが当たり障りのないコメントをしゃべって終わりって感じになるのか。
もう二度と、天王洲猥談やシベリア文太をやりすぎで見ることは無さそう。毎週、HDDレコーダーに録画してまで見てたんですけどね。残念です。
#10/13の2時間スペシャルの放送内容を予想してみると、
・都市伝説
・B級芸人によるネタ見せ(レッドカーペット風)
こんなところじゃないんでしょうか。
ゲストは、渡辺徹、勝俣州和、坂東英二、矢口真里、あたり。
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オリンピックの興奮も記憶に新しいところですが、今日(9/6)からパラリンピックが始まりました。
オリンピックのときは各局こぞって熱戦の模様を中継していました。女子ソフトボールの裏で女子サッカーもやってて、ザッピングしながらテレビにかじりついていたことを覚えています。そして日本勢の活躍も期待できるパラリンピックですが、どれだけ中継されるのでしょうか?
9/7~17日 22:00~22:50 教育テレビ(生放送)
中継と呼べるものはこれだけ。毎日1時間にも満たない時間しか流れないのです。しかも教育テレビって!
あとはちょろちょろと再放送やら総集編が流れます。
オリンピックのときは朝から夜までどこかのチャンネルを捻れば、何かの中継を流してたくらいの放送量でしたが、パラリンピックでは一転、ゼロに等しい。
民放はまだ分かります。
商売ですから視聴率が取れないであろう中継に乗り気ではないのでしょう。常日頃、自分たちは公共性が高い崇高な仕事をしている、と特権の上にあぐらをかいていながら、こーいうときだけ商業主義を掲げるあり方にも疑問はありますがね。24時間テレビやるんなら、パラリンピックも同じくらい力入れたら?とかね。
もっと罪が重いのが、NHK。
障害を抱えながら頑張っている日本人選手を日本のメディアとして応援する気持ちは無いのか?
NHKは「公共の福祉」という名目の元に、国民から受信料を巻き上げておいて、ここでパラリンピックの中継をしないで、何のための放送局か!
ほんとバカじゃない?
NHKに、バラエティ、ドラマ、報道といった要素は一切期待していない。
ただ、こうやって頑張っている日本人を全力で支援する姿勢は強く望みたいし、また、それこそが公共の福祉に適ったNHKのあり方に違いない。
受信料を払っているのがバカバカしくなってくる。こんなNHK要らないし、解体することを強く願う。
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初めて「パズル」を見た。
あからさま過ぎるほど、「トリック」の二番煎じを狙っているが、やはり劣化コピーの域を出ていないように感じる。
一番痛々しいのは、石原さとみの演技で、見てられないほど空回りしている。ドスが効いていないので、決めるべきところで決められないという、柳沢並みの決定力不足を露呈している。真面目、清楚といった今までのイメージを払拭しようと体当たりで頑張っているのは分かるんだけど、頑張れば頑張るほど空回り。
もうちょっと力を抜いてもいいんじゃないかな、と思ったりもするけど、「トリック」に及ばない最大の原因は、対等な掛け合いができる相棒がいないことにあると思う。
石原さとみがボケているのに、いつも一緒にいる3人の男子生徒はツッコミを入れないので(仲間内でコソコソ文句は言っているけど)、ボケが中途半端になってしまっている。男子生徒が強くたしなめてしまうと、石原さとみに逆襲している形になってしまい、絵的にキツく見えてしまうという側面もあるので、なかなか強くツッコめないのだろう。
ここ数年の推理ドラマを考えてみると、大抵、ヌボーッとしている年上の男性と、年下だけどキリッとした女性のペアが主人公となっている。トリックは言うに及ばず、今放送中の「キミ犯人じゃないよね?」や、時効警察やケータイ刑事シリーズもそうだ。これだと女性が男性にツッコんでも、そんなにキツく見えない。
ところが今のような配役だと、ヒステリックな先生が理不尽に生徒を怒鳴り散らしているだけ、としか見えない。コメディとして昇華するにはやはり対等な立場でツッコミを入れられる役がひとりほしいところ。あるいは、実はツンデレキャラでしたー、とデレ部分を出していき、今までの性格の悪い振る舞いはツン要素でしたー、みたいな路線変更でもいいと思う。
このままのキャラ設定で突っ走ってしまうのかどうか、ちょっと気になるところではある。
#どうせパズルを名乗るなら、「千葉千波の事件日記
」シリーズをやればいいんじゃない?
脳トレゲーム流行りで、安心して家族で見られるドラマとして人気を博するかもしれない。
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「相棒 - 劇場版 -」がヒットしているらしいですな。スカパーのテレ朝チャンネルでも過去の相棒テレビシリーズを再放送していますし、水谷豊ノリノリです。
最近では、相棒の杉下右京のイメージが強いと思われますが、40才前後の人間にとって水谷豊といえばやはり熱中時代。「♪僕の先生はー フィーバー 嵐を巻き起こす フィーバー」の主題歌と共に、「先生はなぁ」という独特のイントネーションが思い出されます。ちなみに最終回の最高視聴率は46.7%だったそうですよ、すげぇ。
その伝説の最終回一番のクライマックス、北野先生がひとりひとりに話しかけながら卒業証書を渡すシーンがYouTubeにアップされていたので紹介しますよ。これを見ると、熱中時代の正当な系譜は、金八先生ではなくて、教師びんびん物語の田原俊彦演じる徳川龍之介なんだなぁとあらためて思います。このときのトシちゃんはほんとアツかった。
教師編では、校長先生(船越英二)の家にその小学校の先生がたくさん居候して共同生活を営む、というシチュエーションでしたが、そーいう舞台設定をしないと先生同士が絡むシーンってのは学校という職場だけになってしまい、なかなか先生同士の人間ドラマには昇華しにくいという事情があったのかもしれませんね。
教師編IIでは、校長先生の家に居候するのってどうよ?って先生達もいて、なんて冷たい先生達だろうって憤りを感じてましたが、今考えると職場でも自宅でもずーっと同僚と顔を合わせるのって結構辛いよねぇ。僕もオトナになった証拠でしょうか。
刑事編では、水谷豊演じる早野武(たけし)を、ミッキー・マッケンジーが「テェケーシー」といかにもな外人風なイントネーションで呼んでいることが印象的でしたな。ちなみにこのドラマをきっかけに、水谷豊とミッキー・マッケンジーは実生活でも結婚しましたが後に離婚。その後、またまたドラマで競演した伊藤蘭@元キャンディーズ、と結婚し、水谷豊やるな、と幼な心に思いましたよ。でもでも、志穂美悦子演ずる小糸先生(教師編)とくっつけばいいのに、と思っていたのは僕だけではないはず。
刑事編の主題歌で名曲との誉れ高い(と思われる)「カリフォルニア コネクション」がYouTubeにアップされていたのでご紹介。最近でもイベント等々で水谷豊が歌っていますが、この頃の歌の方がいいなぁ、と個人的に思う。
カリフォルニア・コネクション / 水谷 豊 (YouTube)
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テレビのバラエティ番組で、ドキュメンタリー企画があります。昨日の「Qさま!!」でも、ロバート山本がプロボクサーに挑戦する様子を1年間という長いスパンで追っかけた、ドキュメンタリー企画を流していました。
んで、ボクシングのプロテストに合格するか否か、というところで、結構引っ張ってましたが、その結果が流れる前の段階で、合格しなかったんだろうな、ということが分かってました。こういうドキュメンタリー企画(ウリナリの社交ダンス大会とか)って結構ありますが、その結末の予測はすごく簡単です。
ポジティブな結果になる場合は、直前のVTRではネガティブな情報がバンバン出ます。怪我してた、ミスをした、うまくできなくて泣き崩れた、などなど、こーいうネガティブな情報が出るときは、ハッピーエンドが待っています。
逆に、ネガティブな結果になる場合、直前のVTRではポジティブな情報がバンバン出ます。今まで一番出来が良かった、満足げな笑顔、審査員の好評価などなど。こういった情報が出たときは大抵バッドエンディングが待ち受けています。
笑いは振り幅と言いますが、感動も振り幅なので、その振り幅を大きくするために結果とは逆のベクトルを視聴者にインプットするわけです。
昨日の「Qさま!!」でも、プロテスト終了直後に、コーチが「ベストファイトだった!」と誉めたり、山本の良いパンチが入ったシーンなどが流されていました。試合途中、積極性に欠けるということで審判に注意されるシーンもありましたが、これは不合格への伏線ですね。「あんなに山本が優勢だったじゃないかよ!なんで不合格なんだよ!」という視聴者の疑問を氷解させるための演出だったわけです。
バラエティ番組に限らず、報道番組であったとしてもこのような演出は当然なされているものとして、常日頃僕はテレビを見ています。他の人も当然そのように見ているものだと思ってたら、妻はそういう穿った見方をしていないことが昨日分かり、この記事を書いた次第です。この記事を読んで、「へーそうだったのか!」と思う人と「何を今更」と思う人、どっちが多いんでしょうね。
#そういう企画は置いといて、昨日のロバート山本の頑張りは凄かった。たかだかボクシング歴3ヶ月の僕の感想なんであてにはならないと思うけど、ハードスケジュールをぬってよくあれだけトレーニングできるなぁ。リングの中に入っただけでそのプレッシャーに過呼吸になった僕とは大違い。
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土曜日の午前から昼下がりにかけて、なんとなーく、「王様のブランチ」(TBS)を見ている人も多いのではないだろうか。"関東圏の"グルメ情報、"関東圏の"ショッピングモール情報、"関東圏の"観光情報、ディズニーランド情報などを、週末の過ごし方プランの参考にしている人も決して少なくないと思う。まさに、関東人の、関東人による、関東人のための、関東圏情報番組といっても過言ではない。
ところが、そんな「王様のブランチ」は、関東から遠く離れた九州・長崎で放映されている事実をどれほどの人が知っているだろうか?
たしかにDVD、映画、本といった、地域差が無い情報もあるが、大抵は関東圏の情報がいくつか入ってくる。新しいショッピングモールが川崎にできたとか、美味しいラーメンや世田谷区でできたとか、そーいう情報は、長崎県民にはほんと関係ない。だっておいそれと行き来できる距離じゃないですから。
長崎に住んでいた頃から、なんで王様のブランチを長崎で放映するのか、その意味が全く分からなかった。そして今も真相は分からぬまま。今も長崎県民は「東京は楽しそうなところねぇ」と羨望の眼差しで王様のブランチを見ているのでしょうか。
#全然関係ないのですが、Wikipediaの「王様のブランチ」を見てたら、今は一線級で活躍しているタレントさんがブランチレーポーター(ブランコ)をやってたことに驚いた。しょこたん、坂下千里子、安めぐみ、水野裕子、などなど、メガイエローやシャンゼリオンの後期ヒロインもブランコだったのか。
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M-1 グランプリ 2007が終わった。
それぞれのコンビの感想を書いてみる。
・笑い飯
年を重ねるごとに、視聴者(少なくとも僕は)が望んでいない方に進んでいるような気がする。M-1は短期決戦なので、笑いのコンボを積み重ねていくことが、とりあえずの勝利の条件となる。
ボケ+ツッコミのワンセットで、ひとつの笑いをカウントするところを、ボケにボケを重ねることでふたつの笑いをカウントする、という逆転の発想で、一躍、M-1の申し子としての地位を獲得したが、笑いが掛け算ではなく足し算にしかなっていないところで、いいところまで善戦するんだけど、優勝を後押しするような爆発力には成り得ない、というもどかしさを毎回感じる。しかし、ネタとして完成させようとして、逆に持ち味をスポイルしているような感もある。今回は特に時間の使い方がもったいなかったなぁ。
「奈良県立民俗博物館」をもう一度やってもいいんじゃない?
・POISON GIRL BAND
M-1にはこだわらない方がいいんじゃないのかぁと毎回思う。シュールさや間で笑わせるような笑いは絶対にM-1では勝てない。ここで求められているのは、やはり「しゃべくり」の力である。
もっとも、彼らの方向性を今回M-1用にチューニングしてきたのは分かった。分かったけど、やはり厳しい戦いを強いられましたね。爆笑ではなくクスクスと笑わせるようなネタが彼らの持ち味なのだからそれを発揮できる場で勝負すべきで、M-1に出続けることで逆に、面白くないコンビとして認識されてしまうのではないだろうか。
最強馬ナリタブライアンでも、短距離を制することはできなかった。やはり適正というか、持ち味を活かすフィールドを選んだ方がいいんじゃないだろうか。
・ザブングル
しゃべくり漫才のようなコントでしたね。
ひとりが何かを再現して、それにツッコむようなスタイルだと、そこに織り込める笑いの数が限られてくるので、M-1だとちょっと厳しい。ストーリーで笑わせることになってしまうので、よくできているが、爆笑にはつながらないというパターン。あと加藤歩の壊れ芸に、客席がちょっと引いていたような気がするのは僕だけだろうか。
「悔しいです!」を封印したネタも見てみたい。
・千鳥
審査員と僕の採点がかなり乖離していたのがこの千鳥。僕はもうちょい点数が高くてもよかったかなぁ、と思いますが、今考えると笑いポイントがちょいと少なかったかなぁ、とも思います。密猟者、和民、犬のモノマネ、この3つがうまく組み合わさったオチが来ると、評価が違ったのかも。僕はあのオチで十分面白かったですけどね。
・ トータルテンボス
一言で言えば、ソツが無かった、というか手堅い内容でしたね。普通に面白かった。
ただ「しのびねぇな」「かまわんよ」といった言葉遊びがちょいちょい入るんですが、僕はそれはあんまり受け入れなくて、日ごろあまり使わない言い回しを使うという面白みよりは、ちょっとくすりとするような小ネタをはさんでみました的な自己満足を感じてしまう。そのお約束の掛け合いが好きな人も多いと思うのですが、僕は要らないと思う。ライトな内輪受けを見せられているようなので。
・キングコング
両者ともえらい早口なので聞き取りにくい。漫才後に今田耕司が「全力疾走」と評していましたが、西野・梶原両氏がすごく緊張していたのか、すごいアタフタ感を感じました。とにかくスピードを上げて、笑いの数を重ねていこうという戦略は分かるのですが、それをコントでやっているために全体的に雑になっている感がした。地に足が付いていない感、というか。頑張ってます、努力しています、というのが先に出てしまってて、素直に笑えないとでも言うのかな。西野はもうちょいどっしりとしていてもいいと思うんだよね。
・ハリセンボン
「Don't Touch Me!」は笑ったけど、他の箇所でそこまで笑った記憶が無い。でも決勝戦で見たいのは、トータルデンボスでもキングコングでもなくてハリセンボンだったりする。南海キャンディーズと一緒で、他にどういうテイストのネタをやるのかなぁって気になる。トータルテンボスもキングコングも大体ネタの方向性が読めるじゃない、事実決勝戦も同じようなネタだったし。ハリセンボンはどういうネタをやったのかなぁ。案外引き出しの数は無いような気もするけど。
・ダイアン
一番時間の使い方がもったいなかったコンビ。大竹まことも言ってたけど、ボケが舞台袖に引っ込んだり出てきたりを3回繰り返してしまった。その移動の時間は、笑いの数は増えないわけなので、純粋にネタの密度が薄くなってしまった。
・サンドウィッチマン
お笑いについては相当詳しい部類に入っていると自負しています。でも、このサンドウィッチマンは全く知りませんでした。立ち位置もほとんど動かず、シチューエションコントの掛け合いだけで笑いの数を積み上げていった。その数が、そのまま点数に繋がった感じ。普通に面白かったですよ。吉本の力関係的にサンドウィッチマンの優勝は難しいかなぁ、とも思ったのですが、優勝できましたね。
総評
今回は、笑いの数が多かったもの勝ち、というある意味分かりやすい戦いでした。フットボールアワー、アンタッチャブル、ブラックマヨネーズ、チュートリアルと、ネタの最中から勢いが加速してそのまま優勝という流れが続いていたことを考えれば、正直物足りなさを感じました。ソツが無いけど、ある程度、展開が読めるというか、想定内に納まってしまう笑いというか、そういったコンビが大半でした。M-1対策が練られてきているからだと思いますが、笑いの掛け算が起きるようなコンビが出てこないかなぁ。
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僕は、アメリカのヒーロードラマが好きなんですが、エアーウルフ、ナイトライダー(最近、リメイクが決定したけど)、シークエストなどなど、その中でも最高に好きなのが、「冒険野郎マクガイバー」。
このドラマは、主人公マクガイバーが毎回冒険するというもの。
彼は、危険な場所に潜入する際でも武器を持ちません。銃一丁すら携帯しないのです。(※)
ナイフは持ってますが、武器というより、工作道具として使います。彼は、色んなトラブルに巻き込まれたり、ピンチに陥ったとき、そこら辺のモノを工夫して危機を脱するのです。
(※:マクガイバーを演じるリチャードディーンアンダーソンは、実生活でも拳銃を所持しないんだって。別に役作りとかじゃなくて、本当に銃が嫌いだそうです。マクガイバーは彼にピッタリの役だったのですよ)
たとえば、タンクの破損した箇所から硫酸が漏れ出したために有毒ガスが発生し、非常に危ない状態になった話がありました(92話の「決死の救出作戦」)。会話形式で再現してみます。大筋は間違ってないんですが、会話の枝葉など覚えてませんので全部僕の脚色です。しかもアメリカドラマ風に読んでもらえると幸いです。
連れの女:マクガイバー見て!タンクから硫酸が漏れ出してる!
マクガイバー:これはまずいな、、、(←マクガイバー脳フル活動中)、ところでチョコレート持ってない?
女:え?お腹でも空いたの!!冗談は止めて、マクガイバー!
マ:冗談なんかじゃないさ、さ、早くチョコレートを出して。
女:OK、、分かったわ、マクガイバー。最後の食事になるかもしれないから、よく味わうことね!
(女は、ポケットの中のチョコレートを、乱暴にマクガイバーに渡す)
マ:サンキュー、ただし、お腹が空いてるのは、こいつだけどね。
女:え??
(マクガイバーはチョコレートを硫酸が漏れ出している箇所に詰め込んでいくと、チョコレートはドロドロの粘性の高い物質になってタンクの傷を塞いでいく)
女:ホワッツ!!?どーいうことなの。説明して。
マ:種は簡単さ。チョコレートに含まれているボニャララという成分が、硫酸と反応し、ホニャニャニャという物質に変わって、凝固したというわけさ。
という風に、豊富な科学&化学的知識を活かして、色々な小道具を作り出すわけです。この創意工夫っぷりがもうしびれまくり。人生の師匠といってもいいくらい惹かれまくり。
マクガイバーに心酔するあまり、実生活で、何か困ったことが起きると、頭の中で、マクガイバーのテーマが鳴り響き、ニヤリとするようになりました。すっかり、ピンチを楽しむ体質なので、ピンチの時ほど、オレの出番が来たぜ!って思いがふつふつ沸いてきます。
こないだ、スカパー用のアンテナを取りつけたときも、そうでした
スカパーのアンテナは、南南西向きに取り付けなくてなりません。しかもアンテナは方角には結構シビアなので、正確に取りつけなくては映りません。こういうとき2人いると、ひとりはベランダに出てアンテナを微妙に動かし、室内のもうひとりがその映り具合をテレビを見ながら報告しつつ、アンテナの向きを探っていけるんですが、ひとりだと大変な作業です。下手するとベランダと室内を何十回と行
き来しなくてはなりません。そこでひとりで作業する場合は、ピンポイントで方角を分かってないとかなり苦労します。
アンテナが届いたのは夕方でした。日はすでに山の端に沈んでおり、位置は掴めません。もし日中ならば、太陽の位置とアナログの時計から、南を正確に知ることができますが(やり方は割愛)、その手段も使えません。困りました。
そーいうときにマクガイバー魂がフツフツ。(ここから、マクガイバーのデーマMIDIを聴きつつ読むと気分が出ます。文章もマクガイバー風にしてみた)
親父は昔、オレにこんなことを聞いてきた。
「悪友と磁石の共通点はなんだと思う?」
オレは「離れられないってこと」と答えると、親父は「そいつも悪くない答えだが、正解は、すぐに影響されて染まっちまうってことさ」
このときオレは、正解を聞いててよかったと思ったものさ。
うちにあるプラスドライバーは軽い磁気を帯びている。こいつで、縫い針の先をこすってやると、針も磁気を帯びる。こいつの下に、小さいプラスチック版を貼りつけ、水を張った小皿の上に浮かせる。これで簡単な方位磁石の完成だ。
これをベランダに持っていけば、正確に北と南が分かる。それさえ分かれば、南南西を割り出すことは、子供にだってできる。こうしてオレは、正確な方位にアンテナを取り付けることができたのさ。
ウソかまことか、身近な品々を工夫して問題を解決する手法を「マクガイバリズム」(MacGyverisms)と呼ぶらしい。ということは、僕はマクガイバリズムの信奉者ということになりますな!
下記の映像は、米国で放映されたマスターカードのCMです。マクガイバーの想い出、プライスレス!
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注:以下は、12月17日にフジテレビ系列で放映された「ガリレオ 最終章 爆ぜる -後編-」に関しての記事です。ラストはもちろん内容についてかなり言及していますので、未見の方はご注意ください。
ガリレオは、久しくテレビドラマを見ていなかった僕が、何年かぶりにきちんと見たドラマだった。
原作はもちろん持っていて、期待半分・怖さ半分で第1話を見てみたら、これが実に面白い。ドライ過ぎるまでにドライな原作に、いい感じでウェットな要素(柴崎コウ)が注入され、ある面では原作を超えたのではないかとすら思った。そして大抵帰宅するのが9時10時の生活が、月曜日には仕事が終わってなくても必ず9時前に帰宅し、夕食をとりながら、妻と一緒にガリレオを見るのが恒例行事となった。
そして、第9・10話の「爆ぜる 前後編」を迎えることになる。
嫌な予感はあった。
第9話のラストに久米宏演じる木島博士が出てきて、一言二言、湯川と会話をするのだが、想像していたよりも演技が上手かった。上手いからこそ、おそらくずーっとこの調子で後編も演技するんだろうな、と思ってたら案の定、後編も重々しい感じで統一されていた。湯川との1ラウンド目も、警察で取調べを受けているときも、自分の罪を吐露しているときも、言葉と言葉の間にヘンな間を挟む口調は変わらず。重々しいけど、スカスカな大物ぶりに終始した。見てた人は大抵同じ感想を持つかもしれないけど、久米宏にラスボスとして憎憎しく思った?印象残ってないでしょ?
久米宏はミスキャストと思うけど、これすら些細な問題に過ぎない。
憤慨すべきは、9話・10話が「柴崎コウを福山雅治に抱きつかせる」というただ一点のみのために構成された話、ということだ。原作の世界観をぶち壊してやることなのか?それは?誰一人としてそんなことは望んでいない。
最後の茶番じみたヘンな爆弾や、お約束の爆弾解除シーンが存在することに激しく怒りを感じる。8話までの楽しい時間を返せ、というか、9・10話は欠番にしろくらいな勢いで怒っている。あれはひどい。
そもそもガリレオのコンセプトは、旧態依然としたトリックへのアンチテーゼである。これほどハイテクな世の中なのに、推理小説の犯人達はなんとローテクな手段を用いて犯罪をするのだろうか?
一見、超常現象のように見える奇怪な出来事に対して、ひたすら科学的アプローチで犯罪を立証する、それがガリレオの醍醐味であり魅力である。それはドラマ版であっても変わりはしない。むろんそこに誇張やウソは含まれているだろうが、フェアな精神は感じていた。だから毎週見ていたのである。
10話。湖のド真ん中で、大爆発を起こした事件。湯川博士は、通常のナトリウムではそのトリックは無理だと結論付ける。しかし被害者の藤川が研究していた「SUPER NAK」なる新型ナトリウムならそのトリックが可能という。実証するにもその現物が無い。そこで湯川は「藤川に完成できたんだ。俺達に作れないはずが無い」と言い、そして完成させ、実験に成功する・・・って、アホか!いくら天才でも、他人がやっと研究して完成させた金属を簡単に作れるんですか?この脚本書いた人は馬鹿ですか?
そしてラスト。
湯川の研究室に、木島博士が待っている。そこにやって来た湯川。
湯川は事件の真相を木島に語り、厳しく弾劾する。真相を暴かれた木島は、「君達の作る未来に嫉妬する」とか何とか言いながら研究室の片隅にかけてある布を取る。するとそこには、小柄な大人くらいの「核爆弾」とその横の椅子に拘束されている内海刑事の姿があった。
そして逃げ出す木島を追いかけもせず、爆弾を解除し始める湯川。半田ごて片手にPCからICを外したり、即興でプログラミングをしたり、フィボナッチ数列がどーのこーのという数式を解き始めたり、そーやって爆弾を次々と解除していく。最後に残されたのは赤と青のコード。好きな色は?と聞く湯川に、「ピンク」と答える内海。そして切ったコードは赤と青のコードの奥に隠されたピンクのコード。これで爆弾は無事解除され、安堵した様子で、湯川にもたれかかる内海刑事。The End。
最後の30分で、今まで築き上げてきたガリレオは脆くも崩壊してしまいました。
ほんと突っ込みどころ満載なんですが、まずあんな巨大な爆弾を木島は誰にもバレないように持ち込んだのか?ほんの数時間しかそんなことができる余裕も無いし、そもそも誰もいない研究室にどうやって入り込んだのか?いくらなんでも無理があり過ぎでしょうよ。湯川が来る前におびき出した内海刑事がやすやすと囚われの身になっているのは何でだろうか。少なくとも木島を怪しんでいるわけで、対面すればもちろん警戒するだろうし、不意打ちするにしても片や老人、片や現役の警察官。そんな簡単に捕まるとも思えない。
そして極め付けが爆弾の解除。基盤いじったり、即興でプログラミングしたり、湯川博士は物理学の権威であるけど、それってオールマイティってことじゃないでしょうよ。スーパーマン過ぎて失笑ですよ。映画インデペンデンス・デイで地球人が作ったウイルスでエイリアン軍が崩壊してしまったのと同等の無茶な設定。何の説得力も持ちやしねぇ。
9・10話で出てきた設定がほんとひどかった。
ミステリーで実は犯人がふたごの弟でしたって言うくらいアンフェア。
レッドマーキュリー?武器商人?スーパーナック?核爆弾?赤と青のコード?
原作にそんなトンデモ設定出てきてないじゃん。勝手に作るなよ。
はぁ?超常現象をファンタジーで解決しちゃったよ。
湯川博士には最後の最後まで理詰めで事件を解決して欲しかった。ただそれだけです。
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・世の中どうしちゃったんだろうか?
http://blog.kamikura.com/archives/60(kamikura.com Blog)
とんねるずの「みなさんのおかげでした」12月13日放映分は、「笑熱大陸」としてTBSの「情熱大陸」のパロディ企画をやってました。ところが、それを真に受けている人がいたらしく、上記のブログ記事ではそのことについて触れられています。
こうしたパロディものは、とんねるずの王道ともいえる企画ですので(仮面ノリダーもパロディですよね)、見る手としてはどれだけ(馬鹿馬鹿しく)パロれているかかをチェックするのが正しい見方とも言えますが、やはり信じてしまう人はいます。以前やった「葬式」なんてあまりに堂に入ったパロディぶりなので、しばらく半信半疑で見ていた記憶がありますが、案の定、信じてしまう人続出だったようで問い合わせ殺到だったようです。あれに比べれば、笑熱大陸はまだまだ甘いな、と思ったりします。
そういえば、盲腸で手術したときに嘘葬式をやってたけど、あれも爆笑したな。当時、それを本当だと思った人も多かったらしいので、最近どうかしちゃったというよりも、世間のお人好し加減は昔から変わってないのだろうが、こんな人たちはいろんな事に真っ先にだまされている人たちなんだろうね。
先のブロク記事でもこのように締められていますが、思い出すのが、1976年に放映された「赤い運命」というドラマ。
刑務所帰りの父を持ち苦労しまくってる健気な娘(山口百恵)と、何不自由なく育てられたイヤーな娘(秋野暢子)のふたりの女の子を軸にドラマが進んでいくんだけど、実はこのふたり、赤ん坊の頃、運命のいたずらで入れ替わっていたんですよ。
そんなことなど、全く知らない秋野暢子は、ドラマ中、山口百恵をいじめ倒していきます。
んで、プライベートで、秋野暢子が電車に乗っているとき、見知らぬおばさんが寄ってきて、「あなた、本当はあのうちの子供じゃないのよ」って親切にも教えてくれたそうです。おばさんの頭の中は、現実とドラマがごっちゃになっているのですな。
Webが浸透して集合知がどうのこうのって言ってても、日本人のメンタリティってそんなに変わって無いのかもしれませんね。