笑拳は吹き替え版を見るべし

ジャッキーの映画をテレビでやってるとほぼ見入ってしまう。「~モンキー」シリーズならほぼ100%見る。あーこれ見たことあるからいいや、なんてことにはまずならない。

「カンニングモンキー天中拳」「クレイジーモンキー笑拳」「スネーキーモンキー蛇拳」「ドランクモンキー酔拳」がその「~モンキー」シリーズだが、皆さんもどれかひとつくらいは目にしたことがあるのではないだろうか。

これらの話は、ヘボヘボ主人公が苦しい修行を経て最後には悪漢を倒す、というフォーマットを踏襲している。要約が1行で済んじゃうほど、簡単明瞭なストーリー展開だ。前出の「木人拳」はもう少し人間ドラマが織り込まれているが、基本的なプロットは同じである。

これらの作品のキモは、辛い修行を経て悪漢を倒したときのカタルシスではないだろうか。笑拳の場合は、

成龍は祖父と隠遁生活を送っている。カンフーの達人である祖父は、常に命を狙われているのだ。だが、そんな事情を知らぬ成龍は、町道場で祖父直伝のカンフーを披露し、それが元で追手に祖父の居場所を知られてしまう。意気揚々と帰宅する成龍を待っていたのは、追手に襲われていた祖父の姿だった。病に冒されていた祖父に反撃する力はない。勇んで助けに入ろうとする成龍。だが、謎の老人に羽交い締めにされ、助けに入ることが出来ない。成龍はなす術なく目の前で祖父は殺される。

老人に怒りをぶつけると、老人は言う「私はお前の祖父と兄弟弟子だった男だ。おまえが出ていっても返り討ちに遭っただろう。だから私の修行で力を付け、仇を討つのだ」
成龍は老人(名前を八本足という)の元で厳しい修行に望む。成長した成龍に八本足は彼ら流派に伝わる秘伝を伝授する。喜怒哀楽の感情をコントロールすることで、己の潜在能力を引き出し、また相手の戦闘意欲を奪ってしまう奥義だった。

修行に励む彼らにも追手の手が伸びてきた。3人の使い手を撃退した成龍の前に、大将格の使い手が現われる。ヤツこそが成龍の祖父を殺した男だった。怒りに身を任せて襲いかかる成龍。だが、直前の闘いの疲れもあり、男に歯が立たない。一時距離を置く成龍の脳裏に、八本足の言葉がよぎる。感情をコントロールするのだ、と。呼吸を整え、力をみなぎらせていく成龍。

第2ラウンドが始まる。(ここら辺からBGMで笑拳のテーマが流れ出す)喜哀楽の型で男を翻弄する成龍。攻撃にされる度に「泣き」「笑い」「喜ぶ」成龍の姿に男はペースを乱され、次第に劣勢に追い込まれていく。 疲れ果てた男に成龍は「怒」の型でトドメを刺すのだった。終劇

しまった。カタルシスを感じる箇所を書き出そうとしたら、粗筋を丸々書いてしまった。これでは浜村淳の映画レビューと同じじゃないか。まぁいいや。

こないだ、スカパーのあるチャンネルで笑拳をやってたので、喜び勇んで見たら、これが字幕スーパー版。「笑拳」の字幕スーパー版なんて初めて見たけど、これがいただけない。前出の粗筋で書いたBGMが流れないのである。
劣勢を挽回していくプロセスにおいてこのBGMが流れないのはイタイ。なんとなく勝っちゃった、って感じがするのだ。

というわけで見るんだったら、おなじみ石丸博也の吹き替え版をオススメします。

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