カテゴリー : 2008年 6月

働きたい会社が、信用できない会社だったらどうすべきか?

 義妹が転職活動中だ。そして、A社、B社と2社の最終面接までこぎつけた。

 A社:第一希望だけど、契約社員
 B社:第二希望だけど、正社員

 義妹としては、A社に行きたいんだけど契約社員なんで、今後のことを考えるなら正社員として雇ってくれるB社かなぁなんて悩んでいた。んで、一足早くB社で採用が決まり、7月上旬より働くこととなった。

 そういった訳で、A社にお断りの連絡を入れたところ、「分かりました。ではうちでも正社員として雇うのでうちに来てください」と言われたそうな。

 義妹が元々働きたかったのはA社であり、ネックとなっていたのは契約社員ということだけだったので、それが正社員として雇ってくれるのであれば、喜ばしいことなのだがどうも腑に落ちない。

 どういった形態で働くかは、相当重要な問題だ。それを採用担当者のさじ加減でコロコロと変えるような会社が果たして信用に値するだろうか。値引き交渉じゃあるまいし、もう一声!みたいなノリで採用活動をされてはたまったもんじゃない。

 もう一点は、「これこれこういう理由で就職先が決ったので御社への就職はお断りさせてください」と伝えているので就職先が他に決ったことをA社の採用担当者は知っている。それでも、うちに来てください、と引き止めるのは、義妹に対してすでに内定が出ている会社を断れと言っていることと同じで、言わば義妹に不義理な行為を強いていることに他ならない。自分のところが良ければそれでいいだろう、みたいな社風を感じるのは、うがち過ぎだろうか。

 義妹は悩んではいるが、A社で勤めることになるだろう。自分が行きたかった会社だから。でもこの後の展開を考えると暗鬱とした気持ちになってくる。

 最初聞いていた話と全然違う!みたいなことにならなければいいが。

家電量販店で、価格.comの最低価格は武器にならない

 昨日の「アメトーーク!」は家電芸人だったんだけど、気になる発言があったので、ちょっとツッコんでおく。

 TKO木本氏が家電の賢い買い方として、「価格.comで最低価格を調べておいて、家電量販店での値切り材料にする」と言ってたけど、これはダウト。

 価格.comの話を出した瞬間に嫌な顔をされて、「じゃあそちらで買ったらいかがですか?」と言われることは間違いない。今まで3回くらい試したことがあるけど、3回とも同じリアクションだった経験から断言する。ポイントが充実している家電量販店ほど値切りには応じてくれないものだ。

 そもそも都心の一等地に大型店舗構えて営業している家電量販店と、店舗を構えずネット一本で勝負しているような店舗では、原価が変わってくるだろう。家電量販店がそんなビジネスモデルが違う価格.comショップと同じフィールドで戦うわけがない。

 他の家電量販店の値段を引き合いに出して値切るのは有効でも、価格.comに出ている店舗の値段は何の武器にもならないのだ。

 あとつけ加えるなら、ヨドバシやビックカメラ、ヤマダ電器などの家電量販店で値切れたことは一度も無い。それこそ50万、100万くらいの大きな買い物だったりすれば話が違うのだろうが、過度の期待をしない方がいいと思う。

 あの放送を真に受けて、「価格.comで値段を見てきたんですけど」って言う人が続出しそうなんで、一応釘を刺しておきますよ。

「古畑中学生」は僕だった

(注:以下の記事は、2008年6月14日に放映された「古畑中学生」のネタバレを含みます。未見の方はご注意ください)

 古畑任三郎の中学生時代を描いた「古畑中学生」。想像以上に面白く、予想外に重いテーマだった。推理ドラマと思いきや、中学生の内面の成長を描いた青春グラフィティだった。

 嬉々として推理ゲームに興じる古畑少年は、古畑任三郎ファイナル「今、甦る死」における藤原竜也演じる堀部青年と全く同質の存在であり、唯一の違いは「本質を見抜け!」と喝破してくれた大人がいたかどうか、だけだったのではないか。周りに、森脇教頭ではなく、野々山先生しかいなかったとしたら、古畑任三郎の正義感は育成されなかっただろう。

 そう考えると、古畑中学生における殊勲賞は原田泰三だったのではないだろう。友達のような先生を演じつつ、実はそれがフェイクだった瞬間の温度差の演技は見事だった。こういう大人に成りきれていないオトナが一番信用ならないという恐怖感を感じさせてくれた。

 子供の戯言に友人のように付き合ってくれる物分りの良いオトナよりも、現実をしっかりと見つめその本質を見抜くことの(たとえそれが自分の思い描いた理想でなくても、だ)重要性をしっかりと伝えてくれる嫌な大人こそ、中学生くらいの年頃の人間には必要なことでは無いだろうか。中学生のメンタリティが回りの大人の影響をモロに受けることをあらためて考えた次第だ。

僕に古畑少年と同じような過ちを犯した過去がある。
当時、シャーロック・ホームズを愛する一高校生だった。

 高校一年の時に、同級生Aが殴られた。
 目の周りに大きな青痣(あざ)ができ、休み時間でも学生帽を目深に被って傷を隠していた。誰にやられたのか、知っているものはいなかった。
 僕は、幼馴染ということもあったのだろう、一体何が起きたのか?誰にやられたのか?を秘密裏に調べてくれないか、と彼のお母さんから頼まれた。
 初依頼に浮かれていた僕は、彼の友人はもちろん、他のクラスの不良にまで、聞き込みを行った。

「Aのお母さんから頼まれたんだけどさ、Aの殴ったやつ知らない?」

 僕は浅はかな探偵だった。
 僕が、Aのお母さんから頼まれて色々と調べていることがあっという間に学年に広がり、当然Aが殴られたことも学校中に広まってしまった。僕が言いふらしたようなものだ。Aは青痣が消えるまで学校を休んだ。1週間ぶりに学校に出てきた彼と話すことはもうなかった。

 後から風の噂で、Aの青痣は中学生に絡まれて殴られてできたことを聞いた。それならばなおさら、そっとして欲しかっただろう。

 僕は人の痛みすら想像できない馬鹿だった。自分のやっていたことは「善」だと信じて疑わなかったとんだ偽善者だった。

 善と悪なんて、立場が変わればいともたやすく引っくり返る薄っぺらいものだ。だからこそ、「善悪」を高らかに叫ぶものを信じないし、だからこそ物事の本質をきちんと見抜く目は養っておきたいといつも思っている。

 僕はちゃんと大人になっていますか?森脇先生。

新聞サイトは、RSSよりもパーマリンクを優先すべし

あの「見出しにこだわる」読売新聞がニュースのRSSを配信–ブログパーツも提供 (CNET Japan)

 読売新聞のYOMIURI ONLINEがRSS配信を始めたそうな。何をいまさら、というか、むしろニュースなんかにせずこそっとやった方がよっぽど恥を書かなくて済むんじゃないだろうか。
 特に↓こういう発言とかどの口から出るのか不思議でたまらない。

うぬぼれかもしれないが、読売新聞がRSSを配信するということは新聞業界的にはかなりのインパクトがあるのではないだろうか。他社は目を丸くするだろう(読売新聞グループ本社 社長室 知的財産担当 幹事 川内友明氏)

 誰か川内さんに教えてあげた方がいいんじゃないでしょうか。うぬぼれどころか滑稽ですよって。ジョークとしても笑えませんよって。

 「新聞業界的に」って具体的にどこを差すのだろうか。MSN産経ニュース、毎日.jp、asahi.comあたりはすでにRSS配信してるし。スポーツ紙、地方紙もすでにやっているところは多いだろう。CNETの記者もツッコめばよかったのに。「え?いまさら?」

 ま、いいや。そんな与太話は置いといて。
 僕が新聞社サイトに求めるのはパーマリンク性の保持。一旦アップした記事をホイホイ削除するなよ、ということだ。

 大手新聞サイトは大抵、ニュース記事を数ヶ月で削除してしまう。そのため、すごく良い記事があっても紹介し辛い。インターネットが他のメディアと異なるのは、速報性、双方向性、そして蓄積性だ。膨大な記録がネット上に蓄積していくことで、知の共有が図れるのに、なぜ記事を削除していくのか。消すなバカ!と声を大にして叫びたいくらいだ。せっかく紹介しても数ヶ月でリンク切れ、印象が悪くなるのは紹介したサイト、なんて事態は全く考慮されていないのな。読者の利便性なんてどうでもいいんでしょうよ。

 asahi.comには「アサヒ・コム プレミアム」という有料サービスがある。中でも一番高額なのは、月額3,150円のパーフェクト Fullコース。このコースで何ができるかと言えば、

・朝刊の主要記事「ニュースダイジェスト」を最大、過去3カ月分閲覧
・朝日新聞の朝刊に掲載される「社説」「天声人語」を過去3カ月分閲覧
・1984年から現在までの朝日新聞、週刊朝日、AERA、知恵蔵の記事が検索し放題!(記事全文の閲覧は別料金)

 ほんと、購読者をなめんてんのか!と怒りに震えるくらいしょぼい内容。
 これでよく月額3150円取ろうという発想が出てくるな。The殿様商売。せめて社説や天声人語くらいは過去分全部閲覧できて当たり前でしょうよ。
 記事が検索し放題ってなに?3,150円も取ってんのにさらに記事は従量制って、AVサイトでもそんなあこぎな商売してねーよ。

 見出しも財産、記事も財産、だから安売りしない!っていうならネットから撤退すればいいのに。むしろネットで読めないのか、って購読数が増えるかもしれませんよ。

日本水泳関係者は、「たった一人のオリンピック」を読むべき

 英スピード社製の水着レーザーレーサーを着た水泳選手による記録ラッシュが続いた。これは米国においても同じような状況で、これほど水着に注目が集まったことは無いだろう。

 泳ぐのは僕だ、という北島選手の矜持もよく分かる。まるで選手の力ではなく、100%水着の力で結果が残せた、と言わんばかりの世論に対して、青島刑事よろしく「水着が泳いでいるんじゃない、選手が泳いでいるんだ!」と声を大にして叫びたいだろう。

 一方、ごく普通の大学生でありながら、「道具」を有効活用し、オリンピック出場権を勝ち取った選手もいる。それが山際淳司の「スローカーブを、もう一球」 (角川文庫)に収録されている「たった一人のオリンピック」の主人公「津田真男」である。もちろん実話だ。

 津田青年は、23才のとき、唐突にオリンピックに出場しようと思い立つ。しかしオリンピックに出ると言っても一朝一夕で出れるような種目は、当たり前のことだが、皆無に近い。団体競技や選手層が厚い種目では、遅れてきたルーキーに1%の勝機も無い。そこで彼が選んだ種目は「ボート」のシングルスカルだった。

 いくら選手層が薄い種目といっても、いくつかのハードルが待ち受けていた。
 まずは道具。レース用のボートを作っているメーカーは日本に一社しかいない(昭和50年代の話なので今とは事情が違うのかもしれない)。そこにボートを発注するのだが、なかなか作ってくれない。「一度もボートに乗ったことのないド素人のボートが作れるか」という理由だ。

 そして練習。津田青年の唯一の師は、「図解ローリング」という一冊の本。しかし彼は日本のボート界に積極的に教えを乞うことはしない。日本のボート界は伝統重視で、技術的には何の進歩もしていない、と判断したからだ。

 日本のボート界が閉鎖社会であることが伺えるが、だからこそ津田青年に勝機があったとも言える。

 ようやく出来上がった自分のボートが、何十年前に作られたボートと寸分違わぬことに衝撃を受けた彼は、ボートの改造に着手する。ボートの軽量化を計るため、機能性・耐久性を損なわない程度に、フレームやボディに穴を開けていく。オールの握りの部分も自分用に改良を加えた。 

 ボートは競技人口は少ないながらも歴史がある競技である。その歴史の中で、先輩から後輩に盲目的に受け継がれてきた漕ぎ方、というのも存在したが、津田青年はそんな伝統に縛られることなく、海外のボート選手のテクニックを積極的に取り入れる。
 
 そして国体や日本選手権を含む、国内大会18連勝、という記録を打ち立てるのである。モスクワオリンピック代表に選ばれるものの、日本はモスクワオリンピックを辞退したために、オリンピック出場という夢は叶わなかった。

 ボートに手を加える、という行為がボート関係者に与えた影響は少なくない、と思う。ボートを改造するなんてあいつはズルイ、卑怯だ、あいつの漕ぎ方は邪道だ、などと非難されたかもしれない。生え抜きのボート関係者であればあるほど、津田氏の存在は苦々しく映っただろう。しかし、津田氏は、何が何でもオリンピックに出るんだと言う強い意思、そしてたゆまぬ努力で、たったひとりの力で代表権を獲得した。

 翻って、現在の水泳関係者、特にスポーツメーカーに、津田氏のような何が何でも勝つ、という意思を感じることができない。もちろん研究開発は怠っていたとは思わないが、横並び意識が働いてはいなかっただろうか。予定調和的なぬるま湯の開発競争しかしていないのではないか。

水着新素材提供の山本化学工業が悲鳴 (nikkansports.com)

山本化学工業は好記録連発の英スピード社製より水の抵抗が少ないという新素材を開発して、日本水連から改善を要求された国内メーカー3社に提供、うち2社が5月30日に採用を発表した。だが、採用後に2社へ協力を申し出ると、デサント社は「情報を開示する約束はしていない」と断り、アシックス社は無回答だったという。

 この後、山本化学工業のバイオラバーを「一部」使った試作品は急遽作られたが、全体的に使った水着のサンプルはアシックスもデザントも作っていないはずだ。結局、バイオラバーの真価の程は発揮できないまま終わってしまった。

 努力が評価されるのは勝利者だけだ。
 本当に良いものを作りたい、選手の勝利に貢献したい、というならば、自社の今までの研究を反故にしてまでもあがくべきではないのか。それができないスポーツメーカーは一体何のために存在しているのだろうか。

世界でイタいサイト、ワースト5

The 5 Worst Website Designs in the World (Blog.SpoonGraphics)

 上のブログの記事で、デザインがイタいサイトを5つ挙げています。たしかにどれもこれも強烈です。あのポケモンの事件ですら比べ物にならないほど、ピカピカギラギラしています。

 「AHHHH!!! MY EYES! MY EYES!」なんて阿鼻叫喚なコメントが寄せられているのもよく分かります。

 でも、日本にはもっとすごいサイトがあります。

愛生会病院

 その筋(どんな筋だ)では知らぬ者はいないと言われるほど、カルト的な人気を誇るサイトです。
信じられないだろ?病院の公式サイトなんだぜ、それ。

 でもいまだにこのサイトが病院サイトだって信じられないんですよね。初めて見たのは4、5年前。それから、やっぱりネタじゃないか?という疑念がずーっと晴れません。このページとか読むと、やっぱりちゃんとした病院サイトなんかなぁ、と思いつつ、一生懸命作った結果があのサイトって誰が得するんだろ?少なくともあれを見てあの病院に行こうと思う人間はいないよなぁ、一体何の目的で?と負のスパイラルに捕らわれそうです。
誠意って何かね?

さすがにIMEはダメなんじゃないかと思い始めてきた

 IME(Windowsに標準的についている日本語変換ソフト)がバカになってきているという話は、元MSの古川氏の指摘などを通じて知っていた。

 IMEのライバル的存在として、ジャストシステムのATOKがあるが、デザインがもっさりしているという理由で使うのを止めた過去が僕にはある。ちなみに、秀丸(テキストエディタ)、Target(競馬データ分析ソフト)もデザイン(古臭いアイコン&原色バリバリの色づかい)が、イヤで使うのを止めた過去も持っている。

 そんなわけでイヤイヤ、IMEを使っていたのだが、最近ヘンな変換をすることが多くなってきた。最近の例でイチバン酷いのは、

 「気になる」と打つと「フツー」と変換される。
 
 もはや誤変換ってレベルじゃねーぞ!
 「ねぇねぇ、気になる?」「んー、フツー」って会話じゃねーか!

 もちろんそんな用法を辞書登録しているわけではない。
 なんでこんな変換になるのか全く意味が分からん。ほんとATOKに替えようかなぁ、でも変換対象の文字列が水色の帯で覆われるのはガマンならん。その一点だけで使う気が失せる。あれって設定で色を変えることってできるのかなぁ。

「キサラギ」を見た - 秀作でした

 スカパーの東映チャンネルで「キサラギ」を見た。

映画「キサラギ」オフィシャルサイト
 
 ストーリーはこんな感じ。(Wikipediaから引用)

D級アイドル如月ミキのファン5人が、如月ミキの一周忌に集まった。
如月ミキは、一年前にマネージャーの留守番電話にメッセージを残し、自宅マンションに油を撒いて火をつけ、焼身自殺していた。彼女を悼むのが会合の趣旨だったが、彼女は自殺ではなく、殺されたと疑念が広がり、話の流れは一変する。
次々と明らかになる五人の男達の意外な正体や、明らかになる事実の中で、彼らが辿りつく如月の真実とは?

 映画は、登場人物5人の室内劇、カメラの位置は変わるものの最初から最後まで1部屋のみで物語は進む。

 それだけの要素で作品の上映時間「1時間48分」が持つのだろうか?たとえ5人の過去や、意外な事実が出てきたとしても、1時間48分は長過ぎはしないだろうか?
 そんな斜に構えた気持ちで見たのだが、全くの杞憂だった。1時間48分をアッという間に駆け抜けた。キサラギは秀作でした。

 同様のカテゴリーの映画として三谷幸喜の「12人の優しい日本人」がある。こちらは12人の陪審員が裁判情報を元にあーだこーだと推理を進め、事件の真相に迫っていくという内容。

 2作品の方向性は同じなんだけど、事件の真相に至るプロセスは異なる。「12人の~」が迷路の中を行きつ戻りつして事件の真相というゴールを目指していくのに対し、「キサラギ」はピースをはめ込んでジグソーパズルを完成させるといった具合。

 「12人の~」が陪審員の勘違いや思い込みで推理が脱線していくのに対し、「キサラギ」はそういった脱線は無い。一見、無意味とも思える情報や伏線がキレイに回収されながら、真相に辿り着く。

 中盤までに出揃った事実だけで真相に繋がっていくのだが、ただ事実を並べて真相に辿り着くわけではなく、度々矛盾が生じて頓挫してしまう。その都度、冒頭の何気ない会話や小道具が息を吹き返し、ピタッ!とストーリーに納まってくるのである。

 もっと秀逸なのは、Aだと思われていた事実が、Bという証言によって、Cという事実に変化してしまうというストーリーの妙だ。たとえば、男二人が殴り合っている、と言えば「ケンカ」だと思うが、「リングの上で」という情報が加わることで、ケンカが「ボクシング」に変わる。事実は変わらないのに、見え方を変えたり、情報が付帯するだけで、捉え方が全然変わってくるのである。キサラギではそういうトラップが2重3重と張り巡らされている。あーそういうことだったのかぁ、とスッキリしていくのだ。

 詳しく説明したいのは山々だが、ネタバレになるので触れない。DVDもレンタルされているのでぜひ見て確認して欲しい。唯一言えることは無駄なピースは何も無いということ。だから最初から気を抜かずに観ることをオススメします。

 #エンドロールで流れる5人の一体芸は色んな意味ですごいな。そして流れるPV。たしかに、遅れてきた清純派、だ。

誰か大事な人を忘れていませんか?

号泣した漫画を語るスレ (【2ch】ニュー速クオリティ)

 2ちゃんねるで、号泣した漫画を語っている。
 ワンピースのチョッパーやメリー号、スラムダンクの山王編、ダイの大冒険のポップ、ほんとによく分かる。僕もそれらで泣いたクチだ。

 ただ、もっと泣けるシーンを忘れていませんか?って話だ。

 僕が今までに号泣したのは、ウイングマンの最終話、あおいさんが健太にさよならを告げるシーン。「あおいさん」とタイピングするだけで目頭がアツくなってくる。

 あの頃の中学生はみんなあおいさんに恋をしていたのではないだろうか。それくらい大きな存在だった(と思う)。あんなお姉さんが近くにいればいいのに、とドリムノートがあれば真っ先に書き込むだろう。

 最終巻におけるガルダンとの死闘、帝王ライエルとの巨大戦、因縁のキータクラーとの最後の戦い、そして全ページに綴られる「あおいさん生き返る」の文字。畳み掛けるような終盤のクライマックスの連続。

 宿敵ライエルを倒し、ホッとしてたのは漫画の中の人間だけじゃなく僕たちもそうだった。そこで、突然の不幸に襲われた健太の狼狽はすなわち、読者の狼狽でもある。しかし、あおいさんは健気に振舞う。最後の最後まで、お姉さんとしての存在を全うする

 だからこそ、思い切りホロ苦いハッピーエンドが胸に迫ってくるし、あおいさんには本当に幸せになってもらいたかった、と心からそう思う。初恋は叶わないというが、この時期ほとんどの男子中学生は到底叶わない初恋に身を焦がしていたのである。